稀勢の里の引退について思うこと

ついに横綱、稀勢の里が引退してしましましたね。

とても残念です。

この引退について思うことを書いてみたいと思います。

この横綱、稀勢の里の引退について、日本人のやさしさが逆にあだとなって稀勢の里を苦しめたのではないかと、考えてみました。

どういう「あだ」かというと、大関稀勢の里時代には、横綱の白鵬、鶴竜にとっても、優勝を最も妨げる力士の一人だったことでしょう。

そこで、いつまでも、大関でいられるとこまってしまいます。できれば引退してほしいとも思っていたのかもしれません。たとえ大関で稀勢の里が負け越しても、2場所連続で、負け越さない限りは、大関に踏みとどまれます。

大関から陥落したとしても、大きな怪我でもしない限り、まだまだ相撲を取り続けることはできます。

例えば、琴奨菊は、今回の稀勢の里同様、久しぶりの日本人の優勝力士として、大関時代に、優勝しました(これも日本人のやさしさが「あだ」になったのかもしれませんが)。この時が、相撲人生で、最もいい時期だったのでは、ないでしょうか?

その後、この優勝を境に絶不調となり、とうとう琴奨菊は、大関から陥落しました。ちなみに琴奨菊と稀勢の里の年齢はそんなに変わらなかったと思います。

しかし琴奨菊は、今でも相撲を取り続けています。しかも大関の位置にいた力士ですので、いくら大関から陥落したといっても、幕内上位で踏ん張っています。

優勝戦線には、絡まなくても、大いに大相撲を盛り上げてくれています。

これは、琴奨菊が大関でいたためだと思います。これが2場所連続で優勝し、万が一横綱にでもなっていたならば、しかも大関から陥落した時の成績だったならば、もう相撲をとれる状態ではなく(世間がゆるしません)引退に追い込まれていたに違いありません。

横綱にならなかったことが、今になっては、琴奨菊の相撲人生を長引かせているのでは、ないでしょうか。

そこで、今回の稀勢の里です。

トントンと2場所連続で優勝してしまい、あれよあれよという間に、世間の人たちによって横綱にさせられた感がありました。確かに、多くの日本人は、日本人の横綱の誕生を楽しみしていました。

そうやって、横綱にさせられた稀勢の里は、今後も優勝を続けていきたく、大相撲で第一線で頑張りたいが反撃を受けます。

一気にやっつけられて、休場を繰り返し、不戦敗を除き、8連敗です。

横綱になったばかりに、残された道は、引退しかありません。

もっと年齢が若ければ、再度浮上してくることはできるのでしょうが、稀勢の里にとっては、横綱になることが、単なる通過点ではなく、最終目的だったのか、一気に相撲が弱くなってしまいました。

あまりにも長い大関時代のおかげで、横綱になることを目標とすることが単なる通過点ではなく、最終目的になってしまったのでしょうね。

稀勢の里自身も、いったいどうなったのか、理解できていないのではないでしょうか。心が、自分の言ういことを聞かない状態なのです。

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あの時世間が、稀勢の里を大関のままにしておけば、今も大関稀勢の里として、相撲を取っていたのかもしれません。